PixivとXfolio━━創作とAIの関係

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PixivとXfolio━━創作とAIの関係

PixivとXfolio──創作とAIの距離感、いまの私の立ち位置

 どこに行けば、心が守られるのか。

「AIは嫌いじゃない。でも、絵を勝手に触られたくない」
「でもXを離れると、推し活の場所が消える気がする」

 この数日、そんな声をたくさん見ました。
 私自身も、同じ揺れの中にいます。

 この記事は、答えではなく「少しでも気持ちの落ち着く場所」の話です。
 そして、PixivとXfolioに、いま私が感じている距離感の話です。

 

AIは好きだけれど…

Xに、「あのボタン」が出現

 2025年12月24日━━「今年のクリスマス作品どうしようかな?」「年末業務の疲労もだいぶひどいし、ちょっとの労力で軽く書ける掌編かな?」「Xのタイムラインは、推し作品のクリスマスネタが次々流れて来る!✨」と、幸せを感じていたときでした。

 その見慣れないボタンが、私の画像の上に出現したのです。

 イラストの画面右下の「イラストマークとペンのアイコン」これが、問題の「画像編集機能」を発動させるボタンです。
 Grokにプロンプトで画像を編集させることができる。
(たまたまなのか、上向きポカン顔のイラストが続いてしまって、なんか恥ずかしい…)

 

AIはともかく絵を勝手に補正する。完璧に完成させる、が、AIの使命だから

 自分の画像をAIに加工させることを経験している人は、いまや少なくないと思います。
 私は、自分の線画にどんな塗り方が合うかをAI(ChatGPT)に分析してもらったときに、自分の絵を参考に色塗りの事例を生成画像で出してもらいました。
 
 ──ただ、2025年夏頃のGPTは、私の元の絵柄を保ちながら色を塗るというのが、不得手でしたね。いまはどうなのかわかりません。補正されるのが好きじゃないから試していないのです。
 この頃は、線画にも補正が入って、どうしても別の絵になる。
 なので、それはあくまで自分の資料として非公開にしておくものでした。

私の元の線画に、自分でにじみ水彩塗りを試してみたもの。AI版と鏡像なのは、私が左右どちらで制作を進めるか迷っていたため。

 にじみ水彩だと、AI生成も手ブレ感に見えなくもないですが……。
 でも、右側の私の線画や着彩と比べると、やっぱりAI生成絵はかなり整ってるんですよ。なにもかもが。そのうえ、このAI絵のような「細かいにじみの制御、デジタルだからって、できるかーーーー😇💥」という細かさです……。

 自分の絵でできるということは、やろうと思えば他人の絵の加工もできる。技術的には可能。それは、きっとAIを使う誰もが知っていただろうと私は思います。

 

でも、人の絵の加工をしちゃだめでしょ……

 今回の問題は、この「画像編集機能」が「他人のポストでも出現するようになった」ということです。

 これもう、果てしない紛争の始まりに見えるわけですよ。
 AIが生成した画像の著作権は誰のものか、は、全世界で議論中とも聞きます。そして、Xは全世界で使われるSNSです。法律は地域ごとに異なるもの。一概の判断は困難。

 他人の絵に手を加えたものを公開・頒布することは、多くの国で著作権侵害と評価される可能性が高く、公開や拡散を伴う形での加工は、「まず避けるべき行為」です。
 どこまでが私的利用として許されるかは、国や地域の法律によって異なり、ここでは断定できません。しかし、少なくとも SNS 上で拡散され得る形で加工物を出すのは、かなり危うい行為だと思われます。
 また、加工そのものが違法かどうかより、SNSで拡散される形で公開されることで、著作権侵害の成立可能性は、一気に跳ね上がります。

 私はこの「他人の絵に編集ボタンが表示される」というあり方に、大変な嫌悪を感じました。

 編集機能が常に目に入ることで、「あたかも編集によって 自分の作品にできる かのような誤認を誘発しやすい。そこからは、「所有している(誤認)」➡️「再利用してもよい」という心理的な連鎖が、非常に起こりやすくなる。
 私はそう感じて、Xに対してこれまでにない心理的な距離を感じました。

 これが元絵の著作権者と、加工した人の間で、当事者間の終わることのない紛争の火種になりかねないと感じた点です。
 そもそも著作権侵害の立証はそう簡単ではありません。しかし、著作権侵害を感じた側の気持ちはやすやすと収まらない。侮辱であり屈辱であり、許せない類いのものだという意見があってもおかしくない。そう思っています。著作物はその人の人格と結びつきやすい大切なものなのです。

 また、絵のファンとしても、好きな作り手の絵が歪められ、不当に手を加えられたものが出回るのは、絶対に見たくありません。

 

2024年秋にも、Xの仕様変更のアピールはあった

 2024年秋、おおよそ一年前ですね。
 この頃にも、Xに大きな動きがあったのをはっきり覚えています。
 Xは大々的に、「Xにポストされた内容は、xAI(Grokの開発会社)のGrokの学習素材とする」という意図を表明しました。
 (xAI側の利用規約、2025年1月版では、学習に使われるのを避けたい場合に、アカウント設定でオプトアウトできる旨が明記されています。▶️xAI

 Xの設定で一定の制限はできるものの、完全にAI学習から切り離すことは利用者側からは把握しづらく、「避けるのはかなり難しい」と感じました。

 この表明をきっかけに、Xを離れたクリエイターは少なくなく、私にとっても本当に悲しい出来事でした。

 しかし私は、このタイミングでXを離れたいとまでは思わなかったです。

 当時、絵は練習したてで、学習されることのデメリットを感じていなかったのもあると思います。しかし、いまでも、AIに自分のイラストを学習されるデメリットはさほど感じません。
 あるとしたら、自分の絵がAIを進化させるのに適切な素材かどうかという点と、私の絵に著しく類似した絵が公開され他人の名義になる可能性があるかどうかという点です。
 この二つが起きないなら、自分のポストがAI学習の対象になることにそれほど抵抗はなかった。

(不思議なことに、これがエッセイや小説だとかなり嫌悪を感じるのですよ……。だからnoteではAI学習に同意してないです)
 

2024年8月、EUの規制当局との関係で、特定期間に収集されたEUユーザーのデータをAI訓練に使わない合意が報じられています。▶️Reuters
AI学習に対する拒否もまた、各国で起きているのですよね。

 

こんどのやつは、ともかくユーザーにもリスクがありすぎる

 ひとりのおたくとしてXを使用する場合、特に推しが絡むと理性がゆるみ感情が前傾しがちなのは、自分でも経験があるのでわかります。

 「好き」という気持ちはやむを得ず、また暴走しやすい。
 暴走を止めるには「これはいけないこと」という明示と、自分自身の心理的なハードルが有効だと思います。

 しかし他人の画像の加工を技術的に可能にするあのボタンは、人に境界を見誤らせやすいものです。そこに公式からのアラートが弱すぎる。
 人は、技術的にできてしまうと、「やってもいい」と錯覚しやすいのです。

 心理的な境界を薄めて、判断を揺らす仕掛けに見えました。感情に訴えて理性を緩める。そして楽しく修正していたら、回数上限に突き当たる。「この先は有料契約が必要」と表示が出れば、財布を開きやすくなるでしょう。
 結局はこのボタンもまた、有料契約への導線のひとつではないでしょうか。

 もはやAIどうこうではなくて、AI技術をどうユーザーに提供するかの設計の問題だと私は思いました。

 とはいえ、Xから撤退するかというと、ここで築いたものもまだまだ思い残しがたくさんあるというのが正直なところなのです。
 知り合った方々、好きな作品、好きな創作者、話していて楽しいと思うコミュニケーション──画像修正だけがXではない。
 そして、推し活するには、同種サービスのユーザー数で圧倒的大量を誇るXは、やはり強いと感じざるをえないのです。

 

XfolioとPixivとAIの関係──私の場合

一次創作を始めて、ぶっちゃけXfolio推しに

 近頃、Xfolioがとても好きです。
 いちばんの理由は、やはり「創作者のポートフォリオ」としての作品紹介システムが充実しているところですね。
 一次創作と二次創作も並列して並べやすいのです。基準が「作品」ではなくて「作者」なので。

 

一次創作と二次創作が共存可能なXfolio

 Xfolioは、このように、「シリーズ」で作品同士をひとまとまりにできます。
 優れているのは、小説とイラストもひとつの「シリーズ」としてまとめられるところ。
 私はここで「一次創作」「イベント展示室」「二次創作(ミアルバ)」を分けています。

 

Xfolioに絵が掲載されている=AI非使用の“心理的証明”になる

 XfolioとAIの関係で、もっとも優位なのが「XfolioはAI絵の掲載不可」という点。
 AI生成絵を掲載しようとしても、フィルターでエラーになり、実質掲載できません。

 技術的にもAI絵を弾いています。

 つまり、Xfolioに絵を掲載しているということは、「AI非使用のイラスト」とみなされることにもなります。これは圧倒的に強いと思っています。

#クロスフォリオ 事務局です。いつもクロスフォリオをご利用いただき、誠にありがとうございます!作品の保護やAI学習への対応について、そのニーズの高まりから、事務局にお問い合わせをいただくことが多くなっております。そこで「作品を守るための機能」や「生成AIに関する方針」について、これまでの公式記事やFAQなどを整理し、1つの記事としてまとめてみました!クロスフォリオをご利用の皆様も、これからクロスフォリオをご利用される皆様も、よろしければ下記記事を参考になさってみてください。xfolio.jp/portfolio/of…今後ともクロスフォリオを何卒よろしくお願い致します。

Xfolio.jp (@xfolio.bsky.social) 2025-12-25T09:10:46.141Z

 

「AIによる不正を考えなくて済む」それ自体が気が休まる場所…

 「AI絵の掲載不可」は、心理的なストレスの軽減にもなります。
 技術はいたちごっこなので、どこまでAI判定フィルターが見抜けるかはわからないかもしれません。
 しかし「あの絵はAI使ってる」といった、他人からの疑惑の目からも逃れられます。
「AIを使った作品かもしれない」という、自分の他人の絵への疑いのストレスからも、逃れられます。

 その心理的な安心感も、神経を使って疲れやすい創作者には、居心地の良さを与えてくれるかもしれません。

 

とはいえPixivは最強の二次創作プラットフォーム

 私がPixivの「AI使用禁止ルールがない」に助けられている面も、実はあります。
 それは、私が「外国語への翻訳にChatGPTを使っている」からなのです。

 ほんの一時期でしたが、私はPixivに二次創作小説の英訳と仏訳を掲載していました。
 当時は海外アクセス制限がいまほど厳しくなく、いつもの日本語作品よりもアクセスが伸びたときがあったのです。

 そういうインターネットならではのプラットフォームのあり方を考えると、AIの使用は許容されていた方が、創作の幅が広がるのは間違いないんですよ。

 そういう点があるので、私は一概に「AI使用禁止のプラットフォームが最良」とは言えない。
(現在のPixivは欧米からのアクセス規制がだいぶ厳しいので、翻訳小説の公開はしていません。AO3に移しました)

 ただ、文章になるとAI使用/不使用の判定は困難を極めます。
 Pixivの場合も「AI生成」を選択して明示して投稿することにはなっています。でも、あくまで投稿者のモラルに任されている状態ですからね。

 

結論として

 どちらのプラットフォームがいいかは、「何を目指してそのプラットフォームを使うかにもよると思います。

 ただ、AIも技術の進歩である以上、法整備も含めてよりよい共存を目指すのが、いい未来なのだろうなと考えてはいます。

 


 🔽PixivとXfolioを“創作の距離感”で比べた前回の記事はこちら。

 

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