好きな被写体を描くしかない──字書きのおえかき事始め その7
結局私はどんな絵を描きたいのか
絵の練習を25年以上ぶりに再開してから、一年半近く経とうとしています。
せっかくなので、一年前と今のイラストを並べてみます。


とはいえ、「被写体が違うのでは?」というツッコミはもっともです。
2025年は『聖闘士星矢』アニメ版の貴鬼を、2026年は派生作品『聖闘士真理矢』の教皇貴鬼をイメージして描きました。つまり、子供版と大人版。
比較として厳密かどうかはさておき、この差にはわりと私の本音が出ています。
私は、子供よりも、明確に大人を描きたい。
2026年牡羊座の聖闘士お誕生日イラストで、もっとも趣味に走った一枚

こちらが、2026年の牡羊座の聖闘士たちのお誕生日絵の中で、もっとも趣味に走った一枚です。
冥衣の教皇シオン様。
原作の名シーンを踏まえた絵でもあります。
かつての教皇が、冥王ハーデスの約束する「永遠の若さと命」に目を眩まされたかのように見せながら、女神の命を狙う側として現れる、あの場面です。
(実際には、もちろんもっと複雑な事情があるのですが。)
結局、シオン様は死のうが甘言を弄されようが、死んだあとさえも女神の聖闘士なんですよ。
冥衣を着ても心は黄金。
シオン様は鉄の非情さを身に纏い、ハーデスに従ったふりをして、女神の勝利のための密命を果たすべく聖域に舞い戻って来たのです。逆賊の汚名を被りながらも……。
そこまで含めて、私は冥衣を着たシオン様に魅力を感じます。
そんなわけで、悪そうな笑顔、しかも見下ろす目線のシオン様。これが私の癖。私の趣味……。
趣味に走った絵、それは描いている間もとても楽しい
アオリ顔は、正直難しいですよ。特に私のような初心者には。
ちょっとしたパーツの置き方で、顔のバランスなんて一気に崩れるし。
まーでも、「私の好きなシオン様はこれ!」という強い思いがあったので。
なんとか仕上げました。
そして結果、こういうシオン様が好きな方から複数のお声がけをいただくことができたのでした……! ありがたい……!!
良さを理解しきれていないキャラクターを無理に描いた場合
まあ、つまり、「描きたいもの」というのは、「描いていて楽しい」「仕上がったら、同じ好みの方が(いらしゃる場合は)いいねと思っていただける」。この二段階があるのだなと。
実は去年一年、「いろんなキャラクターを描く」というのを課題だと考えていました。
私は、冒頭の貴鬼のような「聖闘士星矢」の特徴のひとつである「爆発頭」を描くのがとてもとても苦手で……。
シャカや沙織さんみたいに、前髪の構成がわかりやすくて、ストレートなロングヘア、というのがもっとも描きやすいです。
「でも、描きやすさに流されていてはいけない……!」
ええ、そう思って、爆発頭から逃げちゃダメだと何人か描かせていただきました。
ただ、その「苦手な造形」を頑張って描いたとして、誰かにとって本当に嬉しいものになったかというと、そこは正直よくわかりませんでした。
反応の多寡そのものが問題というより、私はそのとき、そのキャラの魅力を自分がどこまで理解できているのか に不安があったのだと思います。
その魅力を最大化しようとしている方々の絵や作品を見ていると、なおさらそう感じました。
もちろん、技術が高ければ、それだけで見せられるものもあるでしょう。あるいは、「このキャラの良さはここだ」と直感的に掴み、形にするのが非常にうまい人もいる。
でも、私はまだそこにはいません。
だからこそ、無理に広げるより先に、まず自分が本当に好きで、魅力を掴みたいと思えるものを描く。
そのほうが、今の自分には合っているのではないかと思いました。
細部を描きたい欲もなく…雰囲気が伝わればよく……
私の絵というのは、いまのところ大体顔にピントが合っていて、あとはピンボケしています。
これは最推しのグリフォンのミーノスの絵(彼は牡羊座なので、羊のツノを付けて黒羊、というお誕生日絡みの絵)ですけど、手指とかどうなってんのかわからないし。

前も言いましたけど、要は私は挿絵を描きたいのだと思います。
私の主体はあくまで字書きです。
だから、まずは「こういう空気」「こういう美しさ」「こういう表情」といったイメージが伝わる絵を描ければ、かなり満足できる。
細部を完璧に描き込んだ圧倒的な一枚絵は、また別の領分です。
もちろん、だから細部を学ばなくていいわけではありませんが、少なくとも今の私は、そこを最終目標にはしていないのだと思います。
また、もしかしたらお気づきかもしれませんが。
そうです、ミーノスも爆発頭なんですよ。頭頂部に関しては。
だから、「推しを描きたい」と思えばどこかで苦手にぶつかります。そして、克服しないと推しの美しさや魅力が表現しきれないと思うようになります。というか私はそうなりました。
なので、逃げるということではなく、まずは好きなものの好きな姿を思いっきり絵にしてみる、という方向でもいいのではないでしょうか。
好きなものを描くことは、逃げではなく、むしろ自分の照準を定めることなのかもしれません。
そんなことを思い始めた、この頃です。
(了)
