日記2025.7.6

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日記2025.7.6

理不尽な目に遭うことこそ、我が動力──パトリシア・ハイスミス

 パトリシア・ハイスミス、という小説家をご存じだろうか。
 私もよく知らない。

 知っているのは、2015年の映画『キャロル』(トッド・ヘインズ監督)の原作小説の作者であるということ。
 この映画の主演女優が、麗しのケイト・ブランシェット様であるということ。
 主人公がレズビアンであり、女性同士の恋愛が描かれた話でもあるということ。

 そしてなにより、この作品が比類ない暗さと女の底意地の悪さを描いているということ。

 パトリシア・ハイスミスは、そんな性格最悪の女性が登場する小説が、得意だということ。

  

『見知らぬ乗客』(1950)

 ヒッチコックにより映画化された同名の小説も、ハイスミスの作品だ。
 ちょっとこのあらすじを見てみよう…。

妻との離婚を渇望するガイは、父親を憎む青年ブルーノに列車の中で出会い、提案される。ぼくはあなたの奥さんを殺し、あなたはぼくの親父を殺すのはどうでしょう?

『見知らぬ乗客』文庫「この本の内容」 河出書房新社 WEBサイトより

 偶然同じ電車に乗り合わせた二人の男が、離婚と憎悪をそれぞれ達成するために、お互いの目的の相手の殺害計画を持ちかけるという。

 暗い。暗すぎる。
 なんという陰惨。

 ミステリは謎解き要素があるので、複雑な事件が起こるのは物語の起伏の大きさに繋がるから、面白さに通じる。しかしなんという暗さ。底意地の悪さ。

 しかし私はどうも心惹かれてしまう。これは人の暗い面を徹底的に見つめたまなざしだ。しかも、憐憫も憎悪もなく、ただ活写している印象がある。その観察者の距離感が好もしい。

  

『ふくろうの叫び』(1991)

 これはある種、極め付けの”ハイスミスらしい暗い観察”が味わえるものと思う作品である。
 早速あらすじを見てみよう。

ロバートは結婚生活に破れ、(略)唯一の楽しみは隣家のジェニファーの暮らしぶりを覗きみることだったが、相手にさとられてしまう。(略)ジェニファーは一人暮らしをする銀行勤めの二十三歳の女性で、医薬品セールスマンのグレッグと婚約していた。だがロバートに惹かれてゆき、婚約を破棄するまでになる。収まらないグレッグは怒りと嫉妬にかられ、意地でも彼女を奪い返そうとする。それに手を貸すのがロバートの別れた妻ニッキーだ。売れない画家のニッキーは、ロバート同様のおとなしい男と再婚したが、ロバートへの嫌がらせをやめようとはしない。ニッキーはこれでもかと女のいやな部分を見せつける。

 『ふくろうの叫客』電子書籍「内容説明」 紀伊国屋書店 WEBサイトより


 もう新しい男(しかもおとなしい…)と再婚しているのに。
「別れた夫への嫌がらせをやめようとしない」。

 何を目指して生きているんだ、ニッキー。

 この四人の人間関係も、自分勝手に次ぐ自分勝手で凄惨極まりないが、おそらくぶっちぎりで陰惨なのがニッキーなのだろう。

 これがハイスミスの特徴、だと、私は思っている。映画『キャロル』を見た程度にしか知らないが。

  

キレないと書けない

 いつか読みたいと思いながら、そもそもあまりミステリが好きではないので、積みっぱなしだった。

 しかし、ちょっと関心が燻り始めていたのである。
 理由は、夫が、ハイスミスの評伝『パトリシア・ハイスミスの華麗なる人生』(書肆侃侃房、2025)を読み、内容を私に語ってくれたためだった。その内容が、なかなかに興味深かったのである。


 いちばん心に残ったのは、「同居相手(恋人)の性格に悩まされれば悩まされるほど、ハイスミスの筆は乗った」というところだった。

 ハイスミスは恋多き女性で、特に女性との恋愛が多く、まさに「取っ替え引っ替え」に多くの女性と恋愛していた。
 それにもかかわらず、恋愛上手かというと、四六時中パートナーと喧嘩するタイプだった様子。恋人と同居しながら、恋人の奔放な生活や、思う通りにならない関係に、ブチ切れ続けたのがハイスミスの恋愛だったらしい。

 私はどうも、自分の日常生活が不安定になればなるほど、気が散るタイプなのだ。仮に迷惑だと感じる相手が近くにいたとしたら、思い出になるくらい遠ざからないと、到底創作に集中できない。

 この「キレながら最高に筆が乗り、書く」。それも、「最悪なパートナーの姿を活写した作品を」。
 すごいメンタルだと思った。
 その上、当然ながら出来がいい。

(悪い時もあったそうだ。あんまりなので、出版社が刊行できない、と。)

 けっして精神衛生上よい環境だったという気はしないが、さらにハイスミスに興味が湧いたところなのである。

  

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