世界文学好きが悪役令嬢小説を書くときに起きる問題と回避法──ライトノベルの「型」を理解するまでの記録
ライトノベルを書こうとして「文体が重い」「導入で読まれない」と悩んだことはないだろうか。
本記事では、世界文学好きの書き手が「悪役令嬢もの」を題材に、ライトノベルの型と文体を実作で検証した過程を記録している。
私の実際の「失敗例」も作品文章とともに出し、実例を添えたわかりやすい構成。
これは「ライトノベルが浅いから書けない」と思っていた私が、実際に書いて、失敗して、考え直した記録でもある。
なぜ私はライトノベルが書けないと思っていたのか──「文体が重い」書き手の典型的な問題
私は長らく、自分はライトノベルが書けない人間だと思っていた。
理由は単純で、書くものが常に「重い」からだ。
世界文学が好きで、思想や歴史、作品構成を読むことに喜びを覚えてしまった結果、
二次創作小説ですら、
- 抽象から始まる
- 思想が先に立つ
- 読者に「考えること」を要求する
そんな文体になってしまう。
実際のところ、文学好きな方は絶対にいて、私が4万字を超える量の二次創作小説を書いても、読んでくださる方はちゃんといらっしゃる。
場所がPixivだろうと二次創作だろうと、文学寄りの小説を読んで下さる方々は常にいらっしゃるのだ。けっして、読者は「軽くないと読めない」方々ではない。
それは忘れてはいけない。
ただ、それは読み手の方々の読解力に助けられている面も否めない。
「もっと負担なく読んでもらえる小説を書きたい」そう思ったときに、自分の文体のコントロールの仕方がわからないのはよくない。
何が私の文体の重さで、どうすれば軽くなるのか。
より読み手の方々に楽しく読んでもらうには、私が「なにが読みやすさなのか」をもっと自覚的に理解しなくてはと思ったのだった。
そこで私は、あえて「自分に最も遠いジャンルであり、かつその魅力もわかる”悪役令嬢もの”」を題材に、ライトノベル的な書き方を練習してみることにした。
なぜ「悪役令嬢もの」を小説の練習題材に選んだのか──カテゴリ小説が持つ型の強さ
悪役令嬢ものは、カクヨムなどの小説投稿サイトにおいて、最もフォーマットが明確なジャンルのひとつである。
- 断罪
- 追放
- 処刑
- 婚約破棄
- ざまぁ
- 溺愛
これらの要素は、ほぼテンプレートとして共有されている。
つまりこれは、文体や構造を検証するための「実験台」として非常に優れている。
オリジナリティが強すぎる題材では、失敗の原因が「題材」なのか「書き方」なのか分からなくなる。
その点、悪役令嬢ものは、型を外せばすぐに「外れている」と分かる。
正直なところ、私はこういった「カテゴリー小説」のいい読者ではなく、これらの作品を楽しんでいるというよりは教材として読んでいる。
ただ、多くの人に読まれている分野には、読まれるだけの理由があり、それは作品をつくるうえで重要な点だと私は考えている。
失敗例:読まれない「悪役令嬢小説」の冒頭──抽象スタートが弾かれる構造
まずは、私の「重い文体」の例を見てもらおう。
例えば、私がフラットな感覚で「悪役令嬢」を題材に小説を書くと、次のようになる。
かぐや姫は、夜空に浮かぶ青い地球を眺めた。
罪人として地球への流刑を言い渡された身の上だったが、振り返れば、我が身よりもはるかにおぞましい欲と非道に塗れた生き物で覆い尽くされた星だったのではないか。
かぐや姫はすでに、書状をしたためていた。この月の女王へ向けて。
──地球の浄化へ、私を遣わせてください。あの青く美しい星に相応しい土地へ、私がけがれた者どもを一掃して参りたいのです。
再び地球へ降り立つ。今度は、災厄となって。
これは、私がイメージした「悪役令嬢(=かぐや姫)」もの。
このあと、地球に人類を滅ぼす災厄として再び降りていったかぐや姫は、京都を浄化の炎で包もうとするが、新皇を名乗る怨霊・平将門に阻まれる──というシナリオだった。
これは私には十分ライトノベル的で、ふざけた、物語の破壊される快楽に満ちた物語のはずだった。ただ、どうしても「ウケない」という脳内のアラートが消えない。
かぐや姫はともかく平将門はマニアック過ぎるし、かぐや姫と平将門の怨霊バトルを読みたい人たちの様子が想像できない。
それ以前に、やはり文体が重い。
なぜ?──しかわいて来ないこの表現展開。
なぜかぐや姫、なぜ地球を眺めているのか(月だからだが、だったら最初から「月の都に住むかぐや姫」とはっきり書かないと、読み手の想像力が必要になる)。
反省して、もう一度、西洋近代(爵位のある時代)の欧州の首都をイメージして、「断罪される悪役令嬢」という場面を書いてみた。
教会の鐘の音が聞こえる。
この国の大聖堂の鐘は、その教区の隅々に行き渡る設計だ。特に、罪人のところには。自宅だった公爵家の自室にいるより、この牢獄を持つ塔の中の方が、よほどはっきりと鐘の音が聞こえた。
そして、あれは結婚式の鐘の音。
ルソー王子とテレーズ姫。私が阻止できなかった結婚の成立を告げる鐘の音だ。
「マドモアゼル・レスピナス。引き出物だ」
石造の暗い牢に現れたのは、私をここへ投獄した黒騎士ダランベールだった。その男が扉の格子戸から声を掛けて来る。デュパン夫人の子飼いの騎士。腕力だけかと侮っていたら、思いの外頭の切れるやつで、私はこいつに計画を台無しにされたのだ。
一見すると、雰囲気はある。
しかし、これはライトノベルの第1話としては致命的だった。
なぜか。
- 主人公が誰なのか分からない
- 何が起きているのか即座に理解できない
- 読者が「考えながら読む」ことを強いられる
世界文学では許される導入でも、ライトノベルでは「理解→即楽しめる」という仕上がりになっていない。
カテゴリ小説の書き方における重要な気づき──ライトノベルは「即答」が評価される
カクヨム上位作品を読み直す中で、私はある結論に至った。
カテゴリ小説は、型を共有した即答型の娯楽である。
読者は、
- このジャンルが好き
- この展開を待っている
という前提で読み始める。
だから冒頭で求められるのは、
- 世界観の説明
- 思想の提示
ではなく、
「何が起きているかを一瞬で分からせること」
である。
改稿後の実作:逮捕から始める
そこで私は、冒頭をこう書き換えた。
今夜、ベルサイユはたいへんな人出だった。
「公爵令嬢、マドモアゼル・レスピナス──あなたを逮捕します!」
王宮の権威を象徴する絢爛豪奢な大広間のパーティに、その断罪の声は響き渡った。
レスピナスは華美な扇を手元から落とし、それが衛兵たちの汚れた靴で踏みつけられるのを見た。そしてそのまま、野蛮な縄で捕縛された。
「ルソー王太子殿下の婚約者テレーズを侮辱し、その暗殺を企んだ罪です」
その声は聞き覚えがあった。
ルソー王太子殿下の幼馴染みで学友で、将軍家の令息ダランベール。堅牢強固な黒い鎧がトレードマークだった。黒騎士ダランベールと呼ばれている。
──まさか。ダランベールは、私の味方だったはず!
説明より先に、事件を置く。
読者が「理解する」より先に「状況を飲み込む」構造にする。
この一行で、
- 舞台
- 身分
- 事件
- 主人公の立場
が同時に伝わる。
ここで初めて、
ライトノベル的な導入の意味が腑に落ちた。
世界文学は捨てる必要がない
重要なのは、
世界文学的な知性を捨てることではなかった。
捨てるべきだったのは、
- 冒頭で思想を前に出す癖
- 読者に考えさせる配置
であり、
- 背景
- モチーフ
- 歴史的文脈
それ自体ではない。
実際、私の悪役令嬢ものは、
- 登場人物名
- 舞台設定
- 権力と情動の対立構造
に、18世紀フランス啓蒙思想の影が色濃く落ちている。
しかしそれは、
分かる人にだけ分かる層に沈めてある。
結論:型を理解すれば、自由は戻ってくる
ライトノベルは、自由なジャンルではない。
意外かもしれないが、自由度で言えば文学の方がはるかに自由だ。そして、自由の代償は、読者の負荷なのだ。
読者が求める楽しさを提供したいと思った時には、書き手の側がまず、読者の負荷を下げるのもひとつの方法だ。
そして、ライトノベルは型を理解した瞬間、「どこで外していいか」が分かる。
- 冒頭は即答
- 中盤から思考
- 終盤で裏切り
この配置ができれば、世界文学的な厚みは、むしろ武器になる。
悪役令嬢ものを試したことで、私は初めて、
「ライトノベルは速い」
ということを理解した。
ハイテンポに進んでいく。それが読む快楽にもつながる。
その速さの上に、自分の書きたいものを乗せられたら。もっといろんな表現ができつようになるだろう。その練習を続けたいといまは思う。
補足:実作について
本記事で触れた悪役令嬢小説の実作は、Xfolioにて公開しています(第1話は無料)。
🔽 「追放された悪役令嬢は 騎士と賢人を従えて王太子殿下に会いにいきます」
第1話:逮捕
https://xfolio.jp/portfolio/amagaishuka/works/5396736
また、ゆくゆくは有料化するつもりでこの習作を進めるつもりです。
その理由については、過去の私のブログ記事をご参照願えれば。
お読みくださり、ありがとうございました。

