小説 遠雷(擬古文調) ──ミアルバ
Summary
Xfolioに掲載したミアルバ小説「遠雷」を擬古文調(正確な古語文法ではなく、雰囲気重視の読める古文風)に修正したものです。王朝物語風としてリメイクしました。
元ネタが小野小町伝説の「深草の少将の百夜通い」なので、なかなか合うと思います。
擬古文調リメイクはChatGPTです。
小説 遠雷(擬古文調)──ミアルバ
聖域の奥つ方、アテナの御殿を守りまつる十二の宮あり。その宮々にさぶらふ黄金の聖闘士らは、おのおの己が宮にありながら、いづれの宮を何者かが通り過ぎぬるかを、たちどころに知ることぞできける。
されば、十二の宮の末にある双魚宮を守るアルバフィカも、かの者の宝瓶宮を過ぎぬるを、はやくも悟りにけり。
かくて、冥府より来たりし冥闘士、墨染の冥衣をまとへる天貴星のミーノス、双魚宮の御門の前に現れける時には、アルバフィカはすでに門のもとに立ち出で、これを迎へ撃たむと待ちゐたり。
アルバフィカ、赤き魔宮薔薇を取りてミーノスへ投げやりたまへば、ミーノスは身をかはし、右の手にてその花を受けとめたり。
「物騒なる御迎へにて候ふ。われは客として参りたるものを」
厚顔にもさやうに言ひなすミーノスを、アルバフィカは冷ややかに見やりたまふ。
「知らぬ。討ち払はるる前に帰れ」
「女神にも文を奉り、御許しはいただいて候ふ。さなくば、冥闘士なるわれが、いかで一戦も交へずして、ここまで参ることかない候はむや」
アルバフィカは眉をひそめたまひぬ。
女神サーシャの、あまりに夢見がちなる御心にも困りたるものよ、と。
すでにアルバフィカにも事の次第は見えたり。聖戦は終はり、かろうじて和らぎは成り、聖域と冥界とはいま休戦のうちにあり。女神サーシャは、両つの国の親しきを望みたまふ。その御心につけ入りて、ミーノスは巧みにも、まず女神の御心をとらへむとしたるなり。せつせつとアルバフィカへの思ひを訴へ、つひには女神を味方に引き入れ、そののち堂々とアルバフィカのもとへ来たりける。
「ミーノスはね、あなたを慕っているのですって。あなたと戦って、心洗はるる思ひであったと。悔い改めたいと、幾度も文に書かれていたわ。ねえ、会ってあげて、アルバフィカ」
サーシャよりも、かく言ひ聞かされたるなり。
されどアルバフィカは、なほ心晴れず。
「力なき者は、力ある者の意に従ふのみ」
かつて、さやうに言ひ放ちしミーノスが、敗れたるばかりにたやすく「心洗はるる」などといふこと、あるべしとも思はれぬ。
「アテナ様までたぶらかし、いかなる企みぞ」
アルバフィカ、さやうに問ひたまへば、ミーノスはさも知らぬ顔にて、かすかに笑みたまふ。
「たぶらかすなど、恐れ多きこと。少なくとも女神をば。まして、あなたをば決して。そろそろおわかりになってもよいころに候ふ。我らはすでに、百度はこの問答を重ねております。はじめこそ、下の宮々にさぶらふあなたのお仲間方も、われを信用せず咎めたまひしが、いまはもう、いささか同情さへ寄せておいでのやう。ゆゑに、理由も問はれませぬ。ただ道を開けてくださる」
アルバフィカは、険しき目にてミーノスを見返したまふ。
「いかなる物好きが、ここまで虚仮にされて、なほ足を運ぶものか」
聖戦の終はりて、いかほどの月日が過ぎにけむ。アルバフィカは胸のうちに数へたまふ。すでに三年は過ぎにけり。
冥界三巨頭の一人、冥府の裁き司る高き位にある男。その男が、ただひたすらに、幾度となく双魚宮を訪ね続けたるなり。御門にて追ひ返されても、力もて退けられても、冷たくあしらはれても。
はじめのほどこそ、白羊宮より始まる十一の守護者らも、「冥闘士ぞ」と色めき立ち、これを咎め、退けむとしたり。されど百度にも及びて、男はただ来たり、門の前に立ち、帰り際には芍薬一枝を階に置きて去るのみなれば、いまは咎むる者もなし。
「あな、またか」
「よくもまあ」
「さても、あはれなる恋かな」
さやうに、目を見交はしつつ道を開くやうになりにけることを、アルバフィカも知りたまへり。
アルバフィカは、双魚宮の入り口に立ち尽くすミーノスに背を向けたまひぬ。そして、ものも言はず、宮のうちへと歩み入りたまふ。
ミーノスは、その後を追ひたてまつる。
ミーノスが双魚宮の門の内へ足を踏み入れたるは、この時はじめてのことなり。
宮の奥にいたりて、アルバフィカは足を止め、振り返りたまふ。後に続きしミーノスもまた、そこで止まりぬ。
「さて。私に何の用ぞ」
その問いに、ミーノスは答へたり。
「口を聞くために、百度通はせたまふか。あなたの気位の高さも、まこと並々ならぬものにて候ふ。されど、そのやうなきみなればこそ、この労も惜しきものとは思ひませぬ」
ミーノスは、手にした赤き魔宮薔薇へ顔を寄せ、香をたしかむるやうにしたり。アルバフィカは問ひたまふ。
「もはや、その薔薇の毒の香気は、おまえには効かぬのか」
「さて。かつてのごとく、きみの毒をわが心の臓に注ぎ込まれては、命も危ふくなりましょう。ただ、いまのこの身には、いささか耐へる力が備はりたるやうに思はれます」
アルバフィカは、ひそかに息をつきたまひぬ。
「厄介なる者どもよ。死なぬ冥闘士が、毒にて倒され、毒への耐へを身につけてよみがへるのでは、そのうち、おまえの毒によって私が滅ぼされよう」
「なにを弱きことを。きみともあろう人が」
ミーノスは笑ひたり。そして、続けて言ふ。
「この三年、きみの手ひどき拒絶を受けながら、幾度も考へました。なにゆゑ私はきみに敗れたのか。なにゆゑ私は、かくもきみに会ひたきと思ふのか」
ミーノスは、手もとの薔薇を見つめながら語りかけたり。あたかも、その花こそアルバフィカなるかのやうに。
「私がいかに力をもて支配せむと願ひても、あなたはそれに屈しなかった。そして私は、力に屈せぬ、ままならぬあなたを慕ふようになったのです。ゆゑに、あなたは美しい。蠱毒のごとく、欲望と欲望とが食らひ合ひ、つひには、頭を下げてでも、またあなたに会ひたしと思ふに至りました」
「執念深きことだな……」
アルバフィカはさやうに言ひ、またミーノスに背を向けたまふ。その背へ、ミーノスは言ひ添へたり。
「私もあなたにならひ、こればかりは遂げたしと思ひました」
アルバフィカは、歩み出した足を一歩にて止めたまひぬ。しばしののち、また歩み出でたまふ。その後を、ミーノスもまた追ひぬ。
「これまでも、ここまで来たのならば、押し入らむと思へばいつでもできたはずだ。されど、しなかった」
アルバフィカが前を向いたまま言ひたまへば、ミーノスは答へたり。
「それをして、あなたが私を見たまふなら、とうにいたしました」
アルバフィカは、かつてのミーノスの力を思ひ出したまふ。
見えぬ糸を用ひなば、アルバフィカの自由を奪ふことも、この場のすべてをほしいままにすることも、ミーノスにはたやすきことなり。それをせず、ただひたすらに、アルバフィカの許しを待ちゐたり。
日ごと、夜ごと、双魚宮の御門の前に立ち明かし、去り際には、かならず階に芍薬一枝を置きて。
これは、ただの執念なるか。
アルバフィカの胸のうちに、みづから問ひたまふ。その問いに、答へはおのづから浮かびぬ。
否。
アルバフィカも、いまはすでにわかりたまへり。ここまでこの男を導きしものが、何であるかを。
宮の中ほどの廊を逸れ、脇なる通ひ路へ入る。その先を抜ければ、ふたたび日ざしが宮のうちへ差し込むところあり。光の射す方へ進みゆけば、その先に、ひらけた庭あり。
そこは、咲き満ちたる芍薬に埋め尽くされてゐたり。
ミーノスは目を見張りぬ。淡き紅の花、忘れもしなきものなり。
「おまえがここを訪ふたびに、置いていった芍薬だ。花に罪はないゆゑ、この庭に植ゑてゐるうちに、かくまで広がった。もとは、ただ草深き野であったものを」
アルバフィカは、静かにさやうに語りたまふ。
もとより、根なき花なれば、土に挿したりとも咲くべきものにはあらざりき。されど、不思議や、その花は枯れもせず、年ごとに芽を出だし、ひと枝はふた枝となり、ふた枝は群れとなり、つひには庭一面を淡き紅に染めなしたり。
根なき花の根づきしは、いかなるゆゑにや。
ただ、置きて去る者あり。捨てずに植ゑる者あり。
その二つの心のあひだに、花は根を下ろしたるなり。
アルバフィカは、そこでミーノスを振り返りたまふ。
「なにゆゑ、芍薬を」
「さて。あなたを思ふとき、戦ひでなければ、あなたには薔薇よりもこの花こそ似合ふと思ひまして」
ミーノスは穏やかなる顔にて、アルバフィカに告げたり。
アルバフィカは、きまり悪げに目をそらしたまふ。
蝶と蜂とが、競ふやうに芍薬の花の間を舞ひかふ。天の雲の奥に、かすかなる遠雷の気配あり。夏は、まさに盛りへ近づきつつあった。
「アテナ様も、おまえも、どうしようもない。夢ばかり見る。私が、なにほどのものだというのだ。私はただ、亡き師に恥ぢぬ魚座として、この生を全うできればよかった。おまえの侵攻を防ぎ、大切なものを守り、私はそれを果たした。ゆゑに、もう、この芍薬のごとき穏やかな花を眺めてゐられれば、それでよかったものを」
見つめ合ふアルバフィカとミーノスの頭上にて、雲のうちに、雷鳴の低くうなり始むる気配あり。
やがて、雨降り出でぬ。
雨はまたたくほどに激しさを増し、滝のごとく降りしきり、雷さへともなひたり。
「雨の晴るるまで、ここにゐるがよい」
アルバフィカは、しづかに言ひたまひぬ。
雨の晴るるまで。
されど雨晴れてのちも、双魚宮より冥闘士の出づることはなかりけり。
夜の明くるまで。
夜明けても、冥闘士はなほ双魚宮より出で来ず。
夏の尽くるまで。
この命の、尽くるまで。
(了)
